重水減速炭酸ガス冷却型炉:幻の原子炉
電力を見直したい
先生、「重水減速炭酸ガス冷却型原子炉」って、何だか複雑な名前でよく分かりません。どんな原子炉なんですか?
電力の研究家
そうだね。名前が長いから難しく感じるのも無理はないよ。「重水減速」「炭酸ガス冷却」「原子炉」という三つの言葉を組み合わせれば、少しは分かりやすくなるかな?
電力を見直したい
あ!なんとなく分かった気がします!「重水」で中性子のスピードを遅くして、「炭酸ガス」で冷やす原子炉ってことですね!
電力の研究家
その通り!よく理解できたね。ただ、この型の原子炉は世界中でほとんど使われていないんだ。どうしてだと思う?
重水減速炭酸ガス冷却型原子炉とは。
「重水減速炭酸ガス冷却型原子炉」は、原子力発電に使われる炉の一つです。この炉は、「重水」という物質で中性子を遅くし、「炭酸ガス」で冷やす仕組みです。重水で中性子を遅くする利点と、炭酸ガス冷却の経験を生かし、炉の部品の組み合わせの自由度や、現地で組み立てやすいように「燃料チャンネル型」という形を採用しています。イギリスは、もともと「黒鉛減速炭酸ガス冷却型炉」という炉を開発していましたが、その後、この「重水減速炭酸ガス冷却型炉」の開発を始めました。しかし、すぐに開発を中止し、「重水減速沸騰水冷却チャンネル型炉」(日本でいう「ふげん」と同じ型)の開発に移行しました。結局、「重水減速炭酸ガス冷却型炉」は、フランス、ドイツ、スロバキアで建設されましたが、ほとんど稼働されることなく閉鎖されました。
重水減速とガス冷却の融合
原子力発電所では、ウランの核分裂反応を利用して熱エネルギーを生み出し、発電を行っています。この核分裂反応を効率的に進めるためには、中性子の速度を適切に制御することが非常に重要です。中性子は原子核を構成する粒子のひとつで、電気的に中性であるため、他の物質と反応しにくい性質を持っています。しかし、中性子の速度が遅くなると、ウランの原子核に捕獲されやすくなり、核分裂反応を引き起こしやすくなります。
原子炉の中には、核分裂反応を制御するための様々な工夫が凝らされています。その中でも、中性子を減速させる役割を担うのが減速材、そして発生した熱を運び出す役割を担うのが冷却材です。
重水減速炭酸ガス冷却型原子炉(HWGCR)は、減速材として重水、冷却材として炭酸ガスを用いた原子炉です。重水は通常の軽水に比べて中性子の減速能力に優れており、天然ウラン燃料でも効率的に核分裂反応を持続させることができます。一方、炭酸ガスは化学的に安定で高温高圧に耐える性質を持つため、冷却材として適しています。このように、HWGCRは重水と炭酸ガス、それぞれの物質の利点を活かすことで、高い安全性と効率性を両立させた原子炉と言えます。
原子炉の種類 | 減速材 | 冷却材 | 特徴 |
---|---|---|---|
重水減速炭酸ガス冷却型原子炉(HWGCR) | 重水 | 炭酸ガス |
|
燃料チャンネル型の採用
– 燃料チャンネル型の採用
原子炉の形式の一つであるHWGCR(重水減速重水冷却型炉)には、燃料チャンネル型という独自の構造が採用されています。これは、原子炉の内部構造において、燃料棒を束ねた燃料集合体と、それを冷却するための冷却材である炭酸ガスが通る冷却管を、一つの燃料チャンネルとしてまとめ、多数配置する方式です。
この燃料チャンネルは、減速材である重水の中に浸されています。燃料チャンネル型を採用する利点は、減速材と冷却材の組み合わせに自由度を与える点にあります。HWGCRでは、減速材に重水、冷却材に炭酸ガスを使用していますが、燃料チャンネル型であれば、他の組み合わせも可能になります。
また、燃料チャンネル型は、現地での組み立てを容易にするという利点もあります。巨大な原子炉を工場で一体で製造して輸送することは困難ですが、燃料チャンネル型であれば、比較的小さな部品を現地に輸送し、組み立てて原子炉を建設することができます。
さらに、燃料チャンネル型は、燃料交換やメンテナンスを容易にするという利点もあります。燃料チャンネルは、原子炉から取り外すことができるため、燃料交換やメンテナンスを容易に行うことができます。これは、原子炉の稼働率向上に大きく貢献します。
特徴 | 説明 |
---|---|
構造 | 燃料棒を束ねた燃料集合体と冷却管を一つの燃料チャンネルとしてまとめ、多数配置 |
利点 | – 減速材と冷却材の組み合わせに自由度を与える – 現地での組み立てを容易にする – 燃料交換やメンテナンスを容易にする |
詳細 | – 減速材と冷却材の組み合わせに自由度があるため、HWGCR以外の原子炉にも適用可能 – 燃料チャンネルは原子炉から取り外し可能であるため、燃料交換やメンテナンスが容易 |
イギリスでの開発と転換
– イギリスでの開発と転換イギリスでは、黒鉛減速材と炭酸ガス冷却材を用いた炉型(GCR、AGR)の開発が進展した後に、高温ガス炉(HWGCR)の開発に着手しました。しかし、イギリスはHWGCRの開発を早期に断念し、代わりに重水減速材と沸騰水を冷却材として採用した沸騰水型炉(SGHWR、「ふげん」と同じ型)の開発へと舵を切りました。この決定の背景には、沸騰水型炉が持つ安全性と経済性への期待が挙げられます。沸騰水型炉は、炉心で発生した熱を直接水に伝えて蒸気を発生させるため、蒸気発生器が不要となり、構造が簡素化されます。これにより、設備コストの低減や運転の効率化が期待できます。また、沸騰水型炉は、炉心冷却材の温度と圧力が比較的低いため、万が一の事故発生時でも、炉心損傷のリスクを低減できる可能性があります。このような利点を持つ沸騰水型炉に注目し、イギリスはHWGCRの開発を中止し、SGHWRの開発に資源を集中させる選択をしたと考えられます。これは、当時のイギリスが、原子力発電の安全性と経済性を両立できる炉型の開発を目指していたことを示しています。
項目 | 内容 |
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イギリスの原子炉開発の経緯 | – 黒鉛減速材と炭酸ガス冷却材を用いた炉型(GCR、AGR)の開発 – 高温ガス炉(HWGCR)の開発に着手 – HWGCRの開発を断念 – 沸騰水型炉(SGHWR)の開発へ転換 |
SGHWRへの転換理由 | – 安全性と経済性への期待 – 構造の簡素化による設備コストの低減 – 運転の効率化 – 事故発生時の炉心損傷リスクの低減 |
当時のイギリスの原子力発電開発の目標 | 安全性と経済性を両立できる炉型の開発 |
各国での建設と閉鎖
イギリスで開発された高温ガス炉は、その後イギリスでの開発が中止されましたが、フランス、ドイツ、スロバキアといった国々で実際に建設されました。これは、当時のイギリスでは解決が難しかった技術的な課題を克服できる可能性があったこと、また、高温ガス炉が持つ安全性や効率性の高さに期待が集まったためと考えられます。
しかし、実際に建設された高温ガス炉の多くは、十分に運転されることなく閉鎖されてしまいました。これは、高温ガス炉の設計や運転には、従来の原子炉とは異なる専門知識や技術が必要とされること、建設や運転の費用が高額になる傾向があること、そして、軽水炉などの他の原子炉型が普及し、競争が激化したことなどが背景にあると考えられています。さらに、チェルノブイリ原子力発電所事故の影響もあり、原子力発電に対する世論が厳しくなったことも、高温ガス炉の普及を妨げる一因となった可能性があります。
項目 | 内容 |
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イギリスでの開発状況 | 開発中止 |
イギリス以外の開発状況 | フランス、ドイツ、スロバキアで建設 |
建設の背景 | – イギリスで解決困難だった技術課題を克服できる可能性 – 高温ガス炉の安全性と効率性の高さへの期待 |
その後の状況 | 十分に運転されずに閉鎖 |
閉鎖の理由 | – 従来の原子炉と異なる専門知識や技術が必要 – 建設・運転費用が高額 – 軽水炉などの競合激化 – チェルノブイリ原発事故による原子力発電への逆風 |
幻の原子炉
– 幻の原子炉重水減速炭酸ガス冷却型原子炉は、その名の通り、中性子を減速させるのに優れた性質を持つ「重水」と、冷却材として有効な「炭酸ガス」という、それぞれ優れた特性を持つ物質を組み合わせることで、高い性能と安全性を両立させた原子炉として、かつて大きな期待を寄せられていました。しかしながら、実際に運転された例はごくわずかであり、世界的に見ても広く普及するには至らず、原子力発電の歴史において「幻の原子炉」と称される存在となってしまいました。この原子炉が実用化に至らなかった背景には、複雑な要因が絡み合っています。まず、重水と炭酸ガスという特性の異なる物質を組み合わせるには、高度な技術とノウハウが必要であり、開発・建設に多大なコストと時間を要しました。また、同時期に開発が進んでいた軽水炉が、技術的な成熟度や経済性において勝っていたことも、普及を阻む一因となりました。加えて、重水は天然にはごく微量にしか存在せず、高濃度の重水を大量に製造するには、高度な技術と莫大な費用が必要となることも、大きな課題として立ちはだかりました。このように、重水減速炭酸ガス冷却型原子炉は、優れた特性を持つ物質を組み合わせた革新的な原子炉として期待されたものの、技術的な課題、経済性、そして他の原子炉型との競争という、幾つもの壁を乗り越えることができず、幻の存在となってしまったのです。
項目 | 内容 |
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原子炉の種類 | 重水減速炭酸ガス冷却型原子炉 |
減速材 | 重水 – 中性子減速効果に優れる |
冷却材 | 炭酸ガス – 冷却材として有効 |
期待された点 | 高性能と安全性の両立 |
実用化に至らなかった理由 | – 重水と炭酸ガスの組み合わせによる技術的困難と高コスト – 同時期の軽水炉の技術的成熟度・経済性の高さ – 重水の天然存在量の少なさ、高濃度重水製造の高コスト |